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WSI COMMENTARY Vol.2 No.1 (June 2015) 「中国国防白書に見る中国の核戦略」


 

WSI Commentary Vol.2 No.1(June 2015)
論題:中国国防白書に見る中国の核戦略
著者:小泉悠(未来工学研究所)

「先制不使用」を巡る変遷

2015年5月26日、中国国防部は国防白書『中国の軍事戦略』を発行した。2013年4月に公表された前回の国防白書『中国の武装力の多様な運用』から2年振りである。

同白書について、我が国では、中国の国防戦略の重点が陸上から海上へとシフトしたことが広く報じられ、注目を集めた。

だが、本稿では、中国の核戦略の変化に注目してみたい。

前回の2013年度版国防白書で注目されたのは、核の先制不使用に関する文言が削除されたことである。中国は現在のところ核の先制不使用を公式に宣言している唯一の核保有国であるが(ソ連は1982年に先制不使用を宣言したが、ソ連崩壊後の軍事ドクトリンでは先制使用に含みを残す表現に変化した)、この方針が変化しつつあるのではないかと疑われたのである。

これについて中国側の説明は、2013年の国防白書は形式が変化したに過ぎない、というものである。2011年度までの国防白書が中国の国防政策全体を包括的に解説するものであったのに対し、2013年以降は特定のテーマに焦点を当てる形式になったため、とされている。

また、2013年度版国防白書にも、中国の核戦力の任務は抑止と反撃であるとされており、間接的には先制不使用原則が維持されていると読むことはできる。

とはいえ、国家の国防戦略の基本を国際的に説明する白書に先制不使用のような重要な用件が書き落とされているのはやはり懸念を呼ぶ。このためか、2015年度版国防白書には再び「中国は先制不使用政策を追求してきた」との文言が再び盛り込まれた。

中国は「警報下発射」戦略に移行するのか?

一方、カーネギー財団核政策プログラムと清華大学グローバル政策センターの共同プログラム研究員を務めるトン・ジャオは、別の観点から中国の核戦略が変化しつつあるのではないかとの分析をカーネギー財団のサイトに掲載した(Tong Zhao, Strategic Warning and China’s Nuclear Posture)。

トンが注目するのは、今回の国防白書に「戦略早期警戒能力の改善」という文言が初めて盛り込まれたことである。核戦力に関して早期警戒能力といえば、一般には軌道上の人工衛星や地上の大型レーダーによって敵のミサイルを発射直後に探知できる警戒態勢を指す。

一方、これまで中国はごく小規模な戦略核戦力しか保有しなかった上、平時はミサイルと弾頭を別個に保管しているとされ、敵の第一撃を受けてから数日〜1週間後程度に核報復を行うという運用政策をとっていたと見られる。

したがって、敵のミサイルが発射されたらただちに探知できる能力は必要とされていなかったと見られる。

しかし、今回の国防白書で「戦略早期警戒能力」の文言が盛り込まれたことは、こうした核戦略が変化する兆しではないか、という。トンはこれについて、3つの可能性を指摘する。

もっとも穏健な可能性は、ここでいう早期警戒能力とは敵国の戦争準備態勢などを早期に察知して核兵器の準備態勢を上昇させ得る能力を指す、というものである。

第二の可能性は、攻撃を受けてから核による報復を行うにせよ、そのための期間を(従来のような数日〜1週間というオーダーではなく)より短縮するというもの。たとえば攻撃を受けている最中に反撃を行う「攻撃下発射(LUA:Launch under Attack)」戦略がこれに該当する。

そして第三の可能性は、敵のミサイル発射を探知した時点で反撃を行う「警報即発射(LUW: Launch under Warning)」戦略に中国が移行する可能性である。

ただし、中国がLUW戦略に移行する場合には、不確実性がつきまとう。人間の作り出したものである以上、警戒システムには誤報がつきものであり、その場合には意図せず核戦争を始めてしまうことになりかねない。実際、長年、こうしたシステムを運用してきたロシアでさえ誤警報の事例はいくつもあり、現在ではLUW戦略は主流とはなっていない(その分、ミサイルを移動式にして生残性を高めるなどして報復の確度を高めている)。

さらにトンは、こうした不確実な状況下でLUW戦略を採用するならば、中国の先制不使用戦略との整合性にも矛盾が生じると指摘する。仮に誤報に基づいて核使用を行ってしまえば、結果的に先制核使用を行ったとの誹りは免れ得ないためである。

多弾頭化を進める中国の核戦力

いずれにせよ、中国は2004年の国防白書以降、核の「迅速発射」化に言及しており、何らかの形で核兵器の運用政策を変化させようとしていることはおそらくたしかであると思われる。

問題は、トンが整理した3つの可能性のなかで、中国が現実的にどの方向性を目指しているのかだ。そこで注目したいのが、実際の中国の核戦力整備の方向性である。

これまで中国の保有していた弾道ミサイルはいずれも1基のミサイルに1発の核弾頭を搭載する単弾頭型であったが、近年、中国は1基のミサイルに複数の弾頭を搭載して複数の目標を攻撃可能とするMIRV(個別誘導再突入体)技術の開発を熱心に進めている。現在配備中のDF-31大陸間弾道ミサイル(ICBM)はその改良型であるDF-31A及びDF-31BでMIRV化されると見られているほか、最大10発の核弾頭を搭載可能とされるDF-41の発射試験もすでに3回実施されている。

米国は冷戦期、ソ連のMIRV化ミサイルを先制攻撃用兵器と見なして強く警戒し、第二次戦略兵器制限条約(START-2。発効せず)ではMIRVの禁止が盛り込まれた。MIRV化ミサイルは少数で敵の核戦力を壊滅させられる能力を持つ一方、敵の先制攻撃に晒されやすい地上配備型ミサイルをMIRV化することは、ソ連自身の先制攻撃に関する誘惑を生みやすいと見られたのである。

もっとも、ソ連側はこれらを必ずしも先制攻撃用と考えていた訳ではなく、抑止が破れた後の報復手段としても見なしていたと言われる。中国がどのような意図でMIRV化を進めているのかは今のところ明らかでない。

中国は同時に、ミサイルの移動化を進めている。すなわち、原則的に配備位置が判明してしまう地下サイロ式ではなく、トレーラーで移動可能なミサイルとすることで生残性を高めるというもので、ソ連は1980年代以降にこうしたミサイルを主とするようになった(さらにソ連は鉄道移動式ミサイルも開発した)。

中国が開発中の上記の新型ICBMも、いずれも道路移動式となる(または一部が道路移動式となる)と見られている。

このようにしてみると、中国が目指している新たな核戦力は、多数の弾頭を搭載する移動式ミサイルによって敵の先制核攻撃を受けた後も報復攻撃能力を確保する、といったものではないかと推察される。トンの分類に従えば、「攻撃下発射(LUA)」に近いものではないか。

ロシアの懸念

以上は筆者の観測に過ぎないが、中国の核戦力がより近代的なものへと変化しつつあることだけはたしかである。

これについては米国でも多くの議論があるが、意外に見逃されがちなのがロシアの抱く脅威認識である。

中国との間に大洋を隔てた米国にとっては、懸念の対象はごく少数の長距離弾道ミサイルに限られるが、長大な国境を接するロシアにとっては、事情が異なる。このため、ロシアではアレクセイ・アルバートフやドヴォルキンといった著名な核戦略家たちが中国の核戦略に何らかの制限を設ける必要性を主張してきた(英語で読めるものとしては、両名による“The Great Strategic Triangle” がある)。

これがロシアだけの問題に留まらないのは、こうした懸念が米露間の核軍縮にも影響しかねないためである。現在、米露の核軍縮を規定している新START条約の交渉過程では、ロシアは中国に対する抑止力を保つ必要性から、両国の保有する戦略核弾頭を各1000発まで削減するという米国の主張に反対し、結局は1550発を上限とすることで落ち着いたという経緯がある。

また、ロシアは射程500-5500kmまでの中距離核戦力(INF)の配備を禁止した1987年のINF全廃条約に中国が含まれていないことを不満とし、2000年代半ば以降、その「国際化」を主張している。

さらには前述のアルバートフらは、中国が地下トンネル内に数千発の核弾頭を貯蔵しているのではないかとの疑念さえ唱えていることで知られる(ただし、これについては、中国の核物質生産量から考えて数千発もの核弾頭を生産するのは不可能であるという批判がある)。

折しもロシアはINF条約に違反して地上発射型巡航ミサイルを配備しているとの疑惑が持たれているところであり、米国ではこれに対抗して同様のミサイル配備が示唆されるなど、欧州における核危機の再燃が懸念されている。

また、現行の新START条約は2020年に失効し、これを延長するか否かを決断せねばならない。

中国の核戦力近代化が思わぬところで世界的な軍備管理に影響を与える可能性はないか。今後の動向が注目される。


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